日鑑 - 金戒光明寺のブログ -

このブログ記事について

このページは、くろ谷 金戒光明寺が2013年2月15日 15:14に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「「京の冬の旅」特別公開の見どころ」です。

次のブログ記事は「「次回写経会のお知らせ」」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ

「京の冬の旅」特別公開の見どころ2

ただいま当山では京の冬の旅特別公開を行っております。

本年はNHK大河ドラマ「八重の桜」にちなんだ展示品を公開しております。
当山は八重の故郷である会津藩と縁のあるお寺として知られていることは
前回にお伝えさせていただいた通りです。
会津藩主の松平容保が幕府より京都守護職を拝命し、
約1000名の藩士とともに京都に来ました。
その際、京都守護職の本陣として宿舎となったのが当山です。

では何故、当山が京都守護職本陣として選ばれたのか、
何点か理由はありますが、その一つを御紹介いたします。

「金戒光明寺の構え」

徳川家康は徳川幕府を盤石なものにする為に特に京都には力を注ぎました。
直轄地として二条城を作り所司代を置き、
何かある時には軍隊が配置できるように金戒光明寺と知恩院を
それとわからないように城構えとしました。

当山は大軍が一度に入ってこられないように南には小門しかなく、
西側には立派な高麗門が城門のように建てられました。
小高い岡がそのまま自然の要塞になっており、
特に西からやってくる敵に対しては大山崎(天王山)、
淀川のあたりまで見渡せました。
古地図によると浪華城遥矚(ようしょく) とあり大坂城まで見えたといわれています。

当山境内地の外側には今でも、当時の名残を示す石垣があります。
また、実際に歩いてみると境内地に入ることの出来る場所は4ヶ所です。
南・北は小さい門になっており、東からの入山は出来ません。


是非、御参拝の際に当山の構えを少し意識して御散策下さい。
当時の面影を感じ取っていただくことが出来ると思います。

当山へ拝観の際は御本尊様ならび法然上人にお手を合わせお参り下さい。
尚、16日は11時より浄焚式・涅槃会の法要を御影堂外にて行います。

 

金戒光明寺 京の冬の旅特別公開の詳細はこちら

京の冬の旅についての詳細はこちら

拝観される方の駐車場についてはこちら

 

只今、受験のシーズンですが、特別公開中につきましても
文殊菩薩の受験合格祈願は平常通り承っております。
どうぞ御参拝下さい。

受験合格祈願のご案内はこちら

 

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.kurodani.jp/mt/mt-tb.cgi/35

コメントする